りとりと

気取らずそのまんまで迎え入れる里山体験

藤野地区 「藤野里山体験ツアー」
小池和代さん

大人気の流しそうめん&ウォータースライダー

藤野地区は都心から日帰りできる距離にあるため、宿泊よりも日帰りの体験プログラムのほうが喜ばれるのではないか。そう考え、現在も事務局を務める「藤野観光協会」を中心に、2015年10月に始まった「藤野里山体験ツアー」。藤野地区でホストとなってくれる家庭を募り、それぞれの個性を活かした里山体験を提供しています。

2018年度の参加者はのべ450人ほど、2019年度もその数を大きく上回る勢いで増え続けています。今回は、たくさんのホストの中から、朗らかな人柄で人気の小池和代さんにお話を伺いました。

藤野地区の佐野川にある小池さんのお宅は、ご主人がセルフビルドした(!)という大きな古民家です。その脇の小道を下っていくと、流れがおだやかな川と、広々とした河原に辿り着きます。涼しい風が抜け、夏の暑さも忘れてしまうほど。この河原は、小池さんの敷地を通らなければ降りることができないため、実質上のプライベートビーチとなっているのです。

ここで、夏は流しそうめんや川遊び、秋冬はうどんづくりや焼き芋、お餅つきなどを楽しんでいます。子どもたちに人気なのは、ご主人が手づくりしたというウォータースライダー。ゴンドラに乗り、川の上を滑る体験はまた格別。何度も何度も乗りたがる子どもたちもいるそうです。

何度も何度も乗りたがる子どもたちが多い大人気のスライダー。

小池さんがホストとなったのは、2018年6月のこと。定年退職したことをきっかけに、ご主人とも相談して、ホストとなることを決めました。きっかけは、藤野で生まれ育った地元民として、地域に対して何かしたい、と思ったことでした。藤野地区は移住者が多いことでも知られていますが、移住者が地域のために動いている姿を見て、触発されたのだそう。

「藤野に移住してきた方たちが、藤野のことを考えてすごく一生懸命やってくれてるんですよ。それなのに、もともと藤野っ子で、地元にいる私がなんにもしないっていうのはどうなんだろうって思っていて。少しでも何かできるといいなっていう思いがありました」

ご主人は20年以上、青少年指導員を務めており、毎年夏休みの始めには、小池家の河原でキャンプを開催してきました。そうした経験もあり、里山体験ツアーには、以前から興味をもっていたのだそうです。

「今は都会の人は、川遊びとかやらないでしょう。うちにはせっかくこういう場所があるので、いろいろな人にきてもらって体験してもらえたらいいなと思いました」

新しいことを始めるのに、不安はなかったのでしょうか。

「観光協会の方に、普段の生活そのまんまでいいからって言ってもらったんですね。主人とも、それはそうだねって。きどったって何もできないし、もうそのまんま! そんなにね、考える必要ないと思うんです」

何もない田舎での一日が忘れられない体験になる

楽しく、感謝もされてしまうお金に換えられない体験

山で暮らす自分たちにとっては当たり前のことも、都会で暮らす人たちには新鮮に映る。そのことは、体験ツアーを通しても実感しています。

「竹で器と箸をつくって、夏なら流しそうめんをして、天ぷらを揚げて。天ぷらがないときにはコロッケをつくることもあります。河原で揚げて食べると、みんなおいしい、おいしいって、ぺろっと食べちゃうんですよ。話を聞くと、天ぷらは好きなんだけど、家ではやらないっていうんですよね。だからすごく喜んでもらえる。そうめんに天ぷら、それに自分の家で採れたきゅうりのぬか漬けも出して。食べ終わったらスライダーとかで川遊びして。子どもたちってほんとパワーがあって、飽きずにいろいろ考えて遊んでますよ」

自分たちの暮らしの延長で、お客さんを迎え入れる。無理がないから、楽しいばかりで、特に大変だと思うこともないと言います。しいていえば「ウォータースライダーから降りてもらう時の手助けが少し大変かな?」と笑います。

「体験ツアーだから、ちょっと忙しくなったら、みなさんにやっていただけばいいやって思っています。“手伝います!”と言ってくださる方もいるし“ちょっと、天ぷら揚げといて!”ってお願いすると、みんな“わかりました!”なんて言ってやってくれますよ」

明るく優しい小池さんと、寡黙ながらもいろいろと面倒をみてくれ、気持ちのいいご主人のファンになり、何度も足を運ぶリピーターの家族もいるそうです。「帰りたくない! 泊まっていく!」」と泣いてしまったお子さんもいたのだとか。

「みなさん“また来ます!”って帰っていきます。本当にくるかこないかはわかりませんよ。でも“楽しかったです!”って言ってくれてね。それがすごく嬉しいですよね。みなさんが喜んでくだされば、これはもうお金には換えられないねって。主人ともね、いっつもそれは言うんですよ。お金じゃ買えないよ、こういう体験はって」

毎回出会いがあり、誰からも感謝される。小池さんは「こんなにありがたいことはない」と、一期一会の出会いを楽しんでいます。

藤野を知るきっかけに。移住希望者も多い体験ツアー

「私は藤野が大好きなんです。確かに不便はあるし、冬は寒いですよ。でもその分、夏は涼しいし、なにより、人がすごくいい。移動手段さえなんとかなれば、藤野って絶対いいところだと思うの」

この里山体験ツアーは、藤野地区への移住に興味のある家族の参加も多く、実際にツアー参加後に移住してきた家族もいるそうです。先日も、小池さんのツアーに参加した3家族のうち2家族が、藤野への移住を検討していたそう。

子どもたちは自然の中で遊びながら、大人は藤野の環境や暮らしを体験し、そこに住まう人と交流する。なかには本当に引っ越してくる人もいるというのだから、面白いものです。特別なことは何もないけど、思わず魅了されてしまう暮らしと、田舎の当たり前がそこにはあるのです。