りとりと

見て、触れて、感じる「エディブルガーデン」

津久井地区「アビオファーム」
遠藤篤法さん

広々とした圃場で楽しむ農業&自然体験

県道から細い路地を入り、住宅街を抜けると、突如視界が開け、驚くほど広い畑が現れます。津久井地区の青山にある認定農家「アビオファーム」の圃場は、約1.2町歩。仲間のオーガニック農家やNPO法人などと畑をシェアしつつ、少量多品目でさまざまな作物を育てています。桃の木がたくさん植わった桃園もあり、夏にはこの桃の木にカブトムシがたくさん集まるそう。敷地の一角にはテントやピザ窯、バイオトイレなどが設置されたバーベキュースペースも。すぐ近くには拠点となる古民家もあって、夏の暑い日や雨の日はもちろん、体験内容によってはこちらを使うこともあります。

代表の遠藤篤法さんは、じつは20年近く、都内で自然食にこだわった飲食店を経営しています。5年前にアビオファームを立ち上げてから、専属の農業スタッフがいた時期もありますが、平均して週2~3回ほど津久井の圃場まで足を運んでいます。

飲食店の経営だけでも十分忙しそうな遠藤さんですが、なぜ郊外の山間部で農業に取り組み、体験事業を始めようと思ったのでしょうか。そこには、さまざまな偶然と、都会で暮らしながら食の現場に関わり続けてきた遠藤さんの思いがありました。

都会で暮らしながら食の現場に関わり続けてきた遠藤さん

東京の飲食店経営者が始めた参加してもらう農業

遠藤さんが津久井地区に畑を借りることになったのは、まさに偶然でした。遠藤さんのご実家は、福島県でりんご農家をやっていましたが、東日本大震災後に自主避難を検討し、全国各地の農地を見て回っていたのです。そのなかのひとつとして紹介されたのが、現在の「アビオファーム」の圃場の一角でした。結局、ご家族は福島にとどまることになりましたが、遠藤さんはこの土地が印象に残り、地主さんとも何度かお会いしたのだそうです。

「この地域の方たちって、みなさん穏やかなんですよね。僕はよそ者なんですけど、最初からとても丁寧に接してくださいました。それで何度か足を運ぶうちに、自分だけでもやってみたくなってしまったんです(笑)」

そして流れのままに、農業を始めることになったのです。当初から、農業をやるなら「参加してもらう農業にしよう」と思っていたそう。

「農業には、体験や交流がすごく必要じゃないかなと思っていたんです。消費者は生産現場を知らないし、生産者は消費者のことを知らない。だから、体験や交流を通じてもう少し理解しあったほうが関係性が深まって、より信頼関係ができるんじゃないのかなと。そうしたら野菜を直接買ったり、逆に農作業を手伝ったりもできるかもしれない」

生産者と消費者という両方の立場をもつ遠藤さんだからこそ、それぞれのニーズや課題がわかっています。だからこそ、それらを結びつける橋渡し役として、体験事業を大切にしているのです。

「目指しているのはエディブルガーデンです。少量多品目で、年じゅう何か実りがあり、家庭菜園をもっと大きくしたようなスタイル。あとはエディブルスクールっていうんですけど、いわゆる食育のオリエンテーションの場としても提供したいなということを考えています」

県道から細い路地を入り、住宅街を抜けると、突如視界が開け、驚くほど広い畑が現れる

体験ツアーの基本はランチ+農業体験。ランチは遠藤さんが用意することもあれば、畑で収穫した野菜を使って一緒にピザを焼くこともあります。真竹が採れる季節には、竹の中にご飯を詰めた竹の子ご飯をいただけることも。料金は、大人(中学生以上)3000円、子ども(小学生)2000円ほど。団体予約なども受け付けています。ちなみに体験ツアーというと夏休みのイメージがありますが、遠藤さんのおすすめは冬なのだそう。

「なにしろ冬は焚き火ができるんです。ドラム缶で焼き芋をつくったり、せいろでおこわをつくったり、じゃがいもをふかしたりすることもあります。秋から2月ぐらいまではなにかしら収穫もありますし、そういう意味でも過ごしやすいんですよね。冬は星もきれいです。子どもたちも喜ぶし、きた人はだいたい満足して帰られますよ」

食のレパートリーが豊富…というか自由だなぁという印象を受けました。「こういうのは、何かテーマのある体験型より、見て触れて、感じることのほうが重要だと思います」と遠藤さん。そのときそのときにあるもので、場と体験を提供しつつ、ひとりひとりの感覚に委ねて、食や農、自然を楽しんでもらっているのです。

子どもたちがたった1日で変わる!
福祉における体験事業の可能性

そしてもうひとつ、アビオファームで実践し、可能性を感じているのが、福祉分野における農業体験や自然体験の活用です。遠藤さんのご友人が、たまたま子供の発達を支援する法人の理事をやっており、相談を受けた遠藤さんは、トライアル的に、子どもたちを農場に招き入れることにしました。そして約1年半、毎月イベントを開催したところ、その絶大な効果を実感したのだそうです。

「子どもたちが、1日でびっくりするぐらい変わっちゃうんです。内容は簡単な農体験とランチです。午前中の自由な自然探索で、過活動な子はだんだんフィールドが収束してくるし、閉じてる子はだんだん足元から広がっていく。お昼ご飯を一緒に食べたら、午後からはもう、落ち着いた集団行動ができるようになっているんです。本当にすごいですよ。こういう場、もっといえばこういう暮らしが、子どもたちにとって重要なのかなと感じています」

こうした体験を通して変わるのは、子どもたちだけではありません。いつも、お子さんをとても心配しているご両親にもきてもらい、ゆっくり過ごしてもらうと、ストレスレベルが下がって、穏やかになるのだそうです。親御さんがリラックスしていると、お子さんも嬉しいのではないでしょうか。その後、子ども以上に親御さんが気に入って、個別に遊びにきてくれる家族もいます。

「今はイベントはお休みしていますが、今後もこの活動を続けていきたいと思って、いろいろ考えているところです」

子どもの成長に環境が深く関わるのだとしたら、体験事業の可能性を感じます。

畑にくると自然と呼吸が深くなる

また、遠藤さん自身も、山間部に通うようになって、気づいたことがあります。

「呼吸が全然違うんですよね。土があって、水や空気がいいところだと、それだけで深呼吸になるんです。農業を始めてから、東京では、自分の呼吸がいかに浅く短くなっていたかということに気がつきました。畑にくると自然と深呼吸してますからね。それだけでも、ストレスレベルが全然違うんだろうなと思います」

それが、すべてを物語っているのではないでしょうか。大自然に囲まれて、そのときそのときにある自然の恵みを楽しみ、のんびり過ごす。ただ行って、触れて、感じれば、それだけで心も身体もリフレッシュできるのです。